2017年8月16日水曜日

周年が近づくと思い出す大ママのこと

 お盆を過ぎたら、ニューサンの周年祭です。お陰様で47周年を迎える事が出来ますが、毎年この頃になると、ニューサンを作りはった大ママを思い出します。
 大ママは(マスターのお姉さん)肺がんで亡くなりはったんですが、当時ガンを患っていた時でも、調子のいい時はお店に出てはりました。お客さんに「体調はどないでっか?」と聞かれたら、「お盆やから帰って来てますねん」言うてケラケラ笑てはったけど、毎年お盆が近づいてくると、「ほんまに真子おばちゃん(大ママ)帰って来て、店ん中うろうろしてるんちゃうか?」と思います。
大ママとボンボン
大ママは若い頃ホンマに綺麗かって、蜂みたいなスレンダーな体型で、曽根崎商店街をモンローウォークで歩くと、男の人が店までついて来たらしいですわ。当時は、若かりし頃の仲代達矢さんや新克利さんなどの役者さんも、大ママを目当てに来てはったという話です。大ママには『ボンボン』いう頭のいい旦那さんがいてはってんけど、あだ名の通りボンボンやったから、大ママが働き、ボンボンは店でクラシックレコードをかけながらプラプラしてはったそうな。そやけど、私はボンボン大嫌いやってん。ボンボンは子供嫌いやって、私が子供の頃ママに連れられてお店に行くと、ニヤニヤしながら「クーラーに閉じ込めたろか!」言うて、よう泣かされたわ。もう怖くて怖くて今だに忘れられへん!ボンボン生きとったら、絶対私が大人になってから仕返ししてやってんけどな。
 大ママの時代からのお客さんも、まだニューサンに来てくれてはります。いつも明るうておもろい井川さんなんて、当時二十歳くらいやってんけど、店が忙しくなって来たら「あんた、はよ帰り!」言うて帰されたらしいです(笑)そのかわり、夕方店入る前にお寿司を食べに連れてってくれたり、内緒でええお酒をご馳走してくれたりして可愛がってもろたと言うてはりました。 
 大ママは、よう3番テーブルに腰掛けてライブを聴いてはってんけど、うちのバーテンの国領くんがニューサンに働きに来だした頃、3番テーブルの辺りで、黒い服を着た年配の女性を見かけたけど、すぐ消えたと言ってたっけ。大ママは黒い服が好きやって、よう着てたから、それ大ママちゃうか!やっぱり毎年お盆に帰ってきてはるねんわ〜((@0@))!

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